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 錦秋の京都醍醐寺

2022/11/21

錦秋の京都醍醐寺

社会福祉士 北村弘之  

21年に放映された番組を観て、この秋は紅葉狩りに京都醍醐寺に行ってきました。

醍醐寺は春には見事な桜が見られるお寺です。’95年のJR東海の「そうだ 京都に行こう」のキヤンペーンポスターで採用されたほどの素晴らしい枝垂れ桜があるお寺です。残念なことに、2018年の台風(関空の連絡橋にフェリーが激突)の際に被害に遇い、その枝葉は最盛期の2/3になったと茶屋の人が教えてくれました。

醍醐寺は、200万坪の敷地(東京ドーム140ケ分)に、お寺発祥の地の「上醍醐」と一般の人が参拝できる「下醍醐」があります。上醍醐には、下醍醐から山道を1時間以上も登るということを聞き、諦めました。それだけ広大な敷地なのです。下の紅葉の写真は下醍醐の弁天堂を中心に撮ったものです。紅葉が緑色の木々の間に点々として見え素晴らしい景色になっていました。我々が参拝した翌日からは夜間ライトアップがあり、またさぞかし違う風景が見えたのではないかと思われます。

下醍醐では、期限限定の特別公開地「三宝院」に足を運び、書院内の由緒ある襖絵(多くは重要文化財)を鑑賞してきました。多くは、400年前以上の創作当時の絵のままで、これまで修復していないような原画姿でした。また、書院からは見事な庭園が見られ、しばしゆっくりとした時間を過ごすことができました。この庭園は、豊臣秀吉が基本設計したとガイドにありました。

当日は、ちょうど午後からの醍醐寺訪問となったので、昼食は寺院内にある「雨月茶屋」でした。食事の間、給仕の人が醍醐寺の説明のいろいろな話をしてくれて楽しい膳となりました。食事が終わりになったころ、給仕の人から斜向かいに食事していた人を紹介していただきました。何とその人は美人画で有名な画家「鶴田一郎」さんでした。ちょうど境内内で特別展が開催されているということで、紅葉狩りのあとに鑑賞してきました。下の写真は「ノエビア化粧品」のポスターで有名なものです。ここ最近は、「祈り」をテーマに仏教美術を多く描かれているということです。

翌日、鶴田一郎氏の作品販売場所にいきましたが、原画は数百万円でした。とても手にでるものではありませんでしたが、またもや会場で本人とお会いしましたので、画集にサインしていただき帰りました。

京都は、毎年のように足を運んでいますが、小さな場所でも、気持ちの通ったゆっくりとした時間をすごすことができる街のひとつです。

以上

高齢者の住まい(番外編)

2022/11/20

「先々の住まい」

—番外編—

社会福祉士 北村弘之

私が会員のNPO法人の会報の中に、下記のような記事がありましたのでご紹介いたします。

このグループリビングでは、10名ほどの高齢者が住み、いつもは各自の部屋で暮し、夕食時は一緒に顔を合わす生活です。コロナ禍の中に起こった一人暮らしのようすです。

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コロナ禍 in グループリビング

「年寄りは集まって住め」

高齢者の小規模集合賃貸住宅「グループリビングCOCOせせらぎ」に住んでほぼ2年にならんとするこの夏、とうとう新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に掴まりました。

7月28日起床時37.5度の微熱があり、喉が少し痛むけれども咳もなし、頭痛もしない。多めに晩酌して早寝すれば、翌朝治ることは、経験として知っていますが、この節、念のためと思って、抗原検査キットを手に入れ、検査したところ強力な陽性反応が出ました。

直ぐ様かかりつけ医と保健所からの指示を仰いで、自室に籠もること10日間、約14畳の個室に隔離されて一歩も出ることなく暮らすことになりました。7月に4回目のワクチン接種を受けていたので、微熱も一日で取れ、その他コロナの症状も全くない完全な健康状態での隔離でした。

一昨年4月東京、神奈川など7都府県に緊急事態宣言を行った際、COCOせせらぎでは「コロナ感染者が出た場合の対処」を決めています。感染者の隔離はもとより、他の入居者も外出を控えること、また31日には市販の抗原検査キットを購入、検査実施の結果、入居者・スタッフとも全員陰性であることを確かめました。

COCOせせらぎでは夕食は、食堂で一緒に摂ることになっているので、隔離者には、他の入居者が隔離者の居室ドアの前まで食事を届ける、食後の食器を調理室に戻して洗うなどの世話をする等、隔離者の生活を支援してくれました。自立と共生を旨とする暮らし方で、共生の部分が互助の形で実現していました。

「年寄りは集まって住め~幸福長寿の新・方程式」(川口 雅裕著、幻冬舎刊行)という書籍があります。マンションの独り住まいからグループリビングへ住み替えたところであったので、共生への住み替えが正しいことがコロナ感染顛末でよく分かりました。

以上

車山神社の御柱祭り

2022/10/10

車山神社の御柱祭り

社会福祉士 北村弘之  

7年毎にある長野県の諏訪大社(上社・下社)の御柱祭り。木落しがあったりする勇壮な神事で有名ですが、今年はコロナ禍の影響で地元の人のみの参加となり、5月3日私は曳行を見物するだけとなり残念でした。

ところが8月下旬から10月にかけて地元の各地域にある神社の御柱祭り(小宮祭)が行われ、それに参加できると聞いて早速申し込みました。それが今回ご紹介する「車山神社の御柱祭り」です。

車山神社の御柱祭りは別名、「天空の御柱祭り」と呼ばれています。茅野市の車山の頂上(標高1925m)の車山神社に、御柱を人の手で上げるものなのです。といっても、ふもとからでなく、1800mの中腹から上げるのですが、それでも標高差は100mあり、平均斜度は15度(推測)ほどあり大変な曳行でした。

9時過ぎに始まった神事に続いて、地元の氏子による観光客への曳行の掛け声の練習。もちろん地元の氏子は祭り中心ですが、我々観光客が主な曳き手になります。その数は150名程。地元の氏子は法被を着て行程の我々を指導する人、そして地元旅館の女将さんたちの木木遣り部隊、援軍のラッパ隊となり、合計で200名ほどはいたでしょう。木遣りとラッパに後押しされ、御柱を曳くも、30mほど進むと一服の状態です。御柱は長さ7mで直径50cmほどですが足場の悪い斜面を小学校の綱引きで引いたような頑丈な綱を引くものですからすぐに息があがるのです。途中何回もあった休憩時には、疲れはあるものの知らない者同士がお互いに声をかけ記念写真を撮りました。そして最初に神事を務めた神主と巫女も一緒に登って声援の輪に加わります。頂上についたのは12時30分頃。そこは富士山や北・南アルプスが見える絶景ポイントでした。特製の「御柱弁当」をいただいた後は、御柱を建てる神事に入りました。神主の御言葉や巫女の舞いなど、普段あまりみない所作にすっかり見いっていました。

観光客の参加も多くあったためか、神事では地元の人だけでなく、観光客の代表も参拝や御柱に乗ったりできました。残念ながら私は選ばれませんでしたが、御柱を建てる前の休憩時に神主と巫女さんと一緒に写真撮影ができたことはよい記念になりました。

この7年毎の御柱祭りは、伊勢神宮でおなじみの式年遷宮と同じ意味があるそうです。それにしても、諏訪地方の長年続く祭には、子どもの参加もあって町全体の一体感が醸成される催しだなあと思いました。だからこそ、多くの人が楽しみにくるのでしょう。木遣りで参加していた小学生は、法被を着た父親や母親の姿を見て、そしてその父親母親は、先輩を見て育っているという感じを強くました。

「先々の住まい」 8/8

2022/10/20(No.8/8)

—70歳代前半の人が検討してほしいこと—

社会福祉士 北村弘之  

9. 相談窓口と施設選びの見極め

有料老人ホームまたはサ高住の選定は、一般的にはネットや新聞での広告を見て探すことになります。しかし、新聞広告で紹介されているものの多くは大手企業の運営しているものが多く、高級感のあるものが多いです。また、ネットで紹介されている施設は、紹介会社と契約しているものが多く、契約時に「紹介手数料」を施設側から提供を受けるものとなっています。

下記に紹介センターの窓口を示しておりますが、「選択の見極め」にあるような項目をチェツクすることがお勧めです。例え、紹介業者を通しても、施設は数社を提案してもらうことが賢明です。紹介業者には「1か月で満室になります」と言って急がせることがありますが、納得した上での契約にしましょう。

          

【参考】 最近の「有料老人ホーム」と「サービス付き高齢者住宅」

 筆者の施設からのヒアリングより

空飛ぶ泥舟

2022/8/21

「空飛ぶ泥舟」

—茅野市—

社会福祉士 北村弘之  

何とも奇怪な建物「空飛ぶ泥舟」。それは、茅野市の諏訪大社(上社)の近くにある、建築家藤森照信氏の作品の「茶室」です。藤森氏の生誕地にあります。

まず、諏訪大社の神長官であった「守矢資料館」を訪ねました。ここも藤森氏の手がけた建物です。外壁は今では珍しくなった「泥壁」と「板」でなっており、一歩入り込むと玄関口は土のタタキです。地元の人に案内され中に入ってみましたが、資料の殆どは建物の中に保管されており、諏訪大社の歴史が展示されていました。

展示物を観た後、山の方に歩くこと2~3分ほどすると木陰の中から「建物らしきもの」が見えるではありませんか。あれあれという間に、次の建物「空飛ぶ泥舟」が見えてきました。この宙ぶらりんの部屋が「茶室」ということは、テレビ番組で知っていました。ぜひ機会があれば私もこの部屋で一服いただきたいものです。茶室に上がることは非公開のため外からの眺めとなりました。すでに作ってから10年ほど経っているということでしたが、風や雨、そして寒さにも負けない作りは建築家のプライドのようにも思えました。

藤森氏の建築物は、このほかにも全国各地にあるようです。 

以上

「先々の住まい」 7/8

2022/9/20(No.7/8)

—70歳代前半の人が検討してほしいこと—

社会福祉士 北村弘之  

8. 「有料老人ホーム」と「サービス付き高齢者住宅」のサービスと契約の違い

有料老人ホームは、その施設の利用権を得るということになります。利用権とは、部屋はもちろんのこと、生活に必要な食事の提供や、介護付きであれば介護サービスを受けることができます。利用権を得ると同時に、これらのサービス契約を「包括(一括)」して結ぶことになります。つまり、サービス全体をまとめて契約することによって、施設内で全てのサービスを受けることができます。また殆どの有料老人ホームでは、終身で看取りが可能となっています。

介護付き有料老人ホームでは、介護保険の適用(特定施設)を受けていますので、毎月の支払項目は、「部屋代」「食費」「管理費」の他に「介護費用」と「介護保険自己負担分(1~3割)」があります。

サ高住は、部屋の賃貸契約を結び、その他の安否確認、生活支援、食事提供は別途契約を結ぶというものです。運営事業者によっては、別途契約を施設と同一事業者がおこなっているところもあれば、外部の事業者に委託しているところもあります。とくに介護サービスや食事提供は外部の委託事業者と契約することが多いようです。

介護サービスを受けている人の毎月の支払項目は、「部屋代」「食費」「管理費」は事業者と基本契約を締結し、「介護費用」と「介護保険自己負担分(1~3割)」は介護サービス事業者と契約を締結します。

参考: 有料老人ホームには、「介護付き」と「住宅型」の区分けがあります。

前者は文字通り、介護が必要な人にはホーム全体で支援するものです。

後者は、自宅的な住まいの提供となり、介護が必要になった際に、外部の介護事業所から部屋に介護支援にきてくれるものです。

参考: サ高住は旧来あった高齢者用専用賃貸住宅等を高齢社会に対応するために制度化したものです。賃貸住宅ですので、入居するのも退居するのも自由です。2011年設立時は住宅建設で景気向上の意味もあり国土交通省と福祉政策の一面ということで厚生労働省が共同で推進しています。

ウポポイと有珠山の旅

2022/7/10

「ウポポイと有珠山の旅」

—北海道 道南—

社会福祉士 北村弘之  

コロナ禍の影響で、2年越しになった北海道道南の旅を楽しんできました。「ウポポイ」、「洞爺湖」そして活火山の「昭和新山」を間近くに見てきた紀行文です。(6月30日~7月1日)

【ウポポイ】

ウポポイは、北海道白老町に2021年に一般公開された国立の施設です。パンフレットには、「アイヌ文化の復興・発展の拠点として、また将来に向けて先住民の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴となる空間」とあります。

この空間(土地)に、国立アイヌ民族博物館、古来の住まい、そして体験交流ホールと多くの見学と交流の場がありました。当日は、平日にも関わらず多くの修学旅行の学生や団体で賑わっていました。

私は、自分の郷里石川県小松を離れて、横浜に住まいを移したころから、北のアイヌ民族、南の琉球民族に、自分の故郷感と思えるような愛着を覚え、これまでそれらの地を訪れたり、本で学んだりしてきました。この二つの民族はともに日本国という文化・慣習に同化されつつも、昔からの風習が生活の中に生き続けていること、そこに民族としての誇りを感じるのです。

かつて、アイヌ民族は江戸時代に幕府(日本国)と戦いなからも、「万物は自然と生きる」そして「互いに共存して生きていく」ということを生活の中心に据えていました。それらは、今回の博物館の展示物や踊りや言葉から感じとることができました。そして言葉はわからなくても歌声からは、「みんなで生きていくんだ」というメッセージが伝わってきました。まさに、現代人が忘れている「人間は自然の一員として生かされている」ことを訴えているように思えました。

その晩、ウポポイの西にある海辺のホテルに泊まりました。コロナ禍で客数は減ったものの休みなく営業は続けていたということです。部屋にはテレビはなく、目に入るものは太平洋の波と海鳥、そして波音、風呂はゆったりと広々とした温泉で目の前は太平洋、ロビーでは大型スピーカーによるオーディオの音色。時間を忘れさせてくれた一泊でした。食事は、料理人からの説明を受けながらおいしくいただき、盛り付けた器の話もできて何とも言えないくつろいだ時間になりました。営業が継続できている理由は、数年おきに行うメンテナンスにあります。実際、風呂場に修繕した跡をみることができました。細かな配慮は人にも、建物にも食事にも接遇にも表れていたホテルでした。残念だったのは、霧雨であり、太平洋からの日の出(4時すぎ)を拝めなかったことです。

【有珠山と昭和新山】

7月初めというのに、気温は20度に届かず、山や太平洋を見る地球岬、そして洞爺湖には深い霧が立ちこめており、3日間の旅は青い空が恋しい日が続きました。

そのような中、’優しい火山’と言われる、有珠山のふもと洞爺湖町にある「火山科学館」を訪れました。この優しい火山と言われる所以は、一般的な火山は突然噴火があるのに対し、有珠山は周期的な火山活動を繰り替えしており、一度噴火があっても数か月が経つと落ち着いた山になるということのようです。

ある写真集を見ていたら、このような記事がありました。「噴火という大地の「動」の時期を迎えると、「客」になった人間は「主」である火の山々におとなしく居住区を明け渡します。噴火が収まるや、今度は人間が「主」となり、「客」となった火の山々を利用しながら失った繁栄の再生に努める「静」の時期を過ごします」 まさに、火山と共生する人々が住んでいる街なのです。

その有珠山の火山噴火で有名なのが、麦畑であったところに突如隆起し高さ700mの「昭和新山」です。私も映像での記憶がありましたが、1977年(昭和52年)のことです。今回、間近でみたその姿は、今も火山性蒸気が立ち昇っており、まさに生きている大地そのものでした。現在もレンガ状の溶岩に覆われており、山の上部では木は植生していませんでした。

直近では、2000年の噴火です。その場所は現在散策路となっており、歩いてきました。火山活動により隆起した道や押しつぶされて家や建物がそのまま残されており、ジオパークとして継承しれていました。すさまじい自然の力を見ることができました。

「先々の住まい」 6/8

2022/8/20(No.6/8)

—70歳代前半の人が検討してほしいこと—

社会福祉士 北村弘之

7. 「有料老人ホーム」と「サービス付き高齢住宅」について

自分にふさわしい「老いの過ごし方」の住まいを、有料老人ホームとサービス付き高齢者住宅(サ高住)に視点をおき、みていきましょう。

ここ10年間で急増しているサ高住と有料老人ホームの違いが分からないという声をよく聞きますので理解することにもつながります。

有料老人ホームは、老人福祉法に基づき設立されており、昭和の時代から運営されてきています。これまで社会環境の変化に合わせ制度変更を行い現行に至っています。

また、サービス付き高齢者住宅は、高齢者の住まいの確保性が高くなることを見越して2011年の「高齢者住い法」の施行で設立されています。

有料老人ホームとサ高住の違いや入居者の姿などを見ていきます。

有料老人ホームは、高級なものから一般向きのものとグレードがあるのが特徴です。また自立できている状態から入居する住宅型施設と、介護の支援が必要な介護付きとがあります。

 サービス付き高齢者住宅は、法律によって部屋の広さや、トイレ、洗面所の要件などが決まっており、その上、生活支援サービス等があるものです。介護付きの住まいもありますが、用途しては、第ニの住処として住み続ける人と、特養待ちの一時的な住処としている人もいます。(詳細は下記)

それでは、どのような人が有料老人ホームとサービス付き高齢者住宅(サ高住)に入居しているかみていきましょう。

違いを見るための視点は3つあります。1は本人の「生活状態(生活感)」、2に本人の身体や医療状態、3に「資産(資金)」となります。

何と言っても、「資金」に余裕がある人は、有料老人ホームに入居されています。まとまった一時金の必要性、そして毎月の支払(部屋代、管理費、食事代)ができる人となります。一方、サ高住の人は、一時金はなく敷金として前納することになりますので、毎月の支払(部屋代、管理費、食事代)を年金中心でまかなえる人が中心となります。但し、年金の不足分は預金を崩すことになります。

また、介護や見守りが必要な人には、有料老人ホームとサ高住では大きな違いはありませんが慢性的な疾患を持っている人は、有料老人ホームを選ぶ人が多いようです。

有料老人ホームの入居者は、自宅での生活感覚をそのまま維持したい人、食事は施設にお任せする人が多いようです。また、サ高住を選択される方には、自分で食事を用意したい。また、地域交流や社会参加に関わるサービスを積極的に利用したいと考える方もおられます。

「先々の住まい」 5/8

2022/7/20(No.5/8)

—70歳代前半の人が検討してほしいこと—

社会福祉士 北村弘之

6. 住み替え先の選定材料と選択

この章では、老齢期を自宅以外で過ごすための「住み替え先」の選定材料と選択肢についてです。

住み替えとなりますので当然費用はかかります。まず検討することは本人の「手持ち資金」と「年金額」で可能な住み替え先を見つけることです。手持ち資金は入居にあたり必要な一時金として必要です。また年金額は毎月の入居生活費をまかなえることが理想です。

一時金は、部屋代の前払い金という性格があり、月々の部屋代は少なくなる仕組みです。前払い金は5~10年の期間で償却としている有料老人ホームがあります。逆に、一時金は不要とし、毎月の部屋代に組み入れているところもありますが月々の部屋代は高くなります。

先々の費用を工面することになりますので、5年間あるいは10年間の総費用を計算して入居先を検討することが必要です。

このような仕組みをしっかりと理解した上で住み替え先を検討していくことになります。

次に、入居する人の持病等の疾病をどこまでカバーしてくれる施設かどうかです。老齢期には慢性的な疾病を抱える人も多く、この状態で入居を検討することになります。施設内に看護師を常駐しているところもありますが、そうでなければ、かかりつけ医が近いところの施設を選ぶことを検討します。疾病を抱えている人は、少なくとも看護師が常駐の施設がよいでしょう。看護師は日中のみで、夜間は不在でオンコールの施設もありますので、住み替えの際にはご自分の疾病をどこまでカバーしてくれるか確認したほうがよいでしょう。

次は相性です。有料老人ホームとサ高住ともに、ご本人のこれまでの生活感やスタッフとの相性、そしてすでに入居されている方との雰囲気が果たして合っているかは、是非ご本人が見学訪問して確認することが大切です。見学しないで、突然入居となり、周りの入居者を見て自分より介護度の高い人がいるとショツクを受けることがあります。そのようなことがないように、入居検討時には家族と一緒に訪問先で「昼食」をとることで、食事の味、そして施設内の雰囲気を感じとっていただいた方がよいでしょう。入居してから雰囲気や相性が合わないといって、他の施設に移るということになる人もいます。

入居者や家族にとって見えない部分は施設を運営する事業体の経営事情です。一般的に言えるのは、入所率は80%以上であり、そこで働く人が活き活きしていることです。入所率(満床)が高い施設は、そこに働く人のサービスの質は高く、居心地のよいということにつながります。また働く人の離職率を確認することもよき指標となります。これらは財務諸表から見えない「品質」なのです。是非訪問時の「感覚」も敏感に働かせることが必要となります。最近は、有料老人ホーム等の経営の行き詰まりで倒産などが見られ、同業他社へ引き継いでいる施設も出ています。

参考:住み替え先の選定材料と選択

参考:住み替え先の選択肢フロー

 まずは、手持ち資金と年金額、疾病の種類、そして家族の意向考慮することが大切となります。

参考:施設選びチェツク項目

 下記のように11項目掲載していますが、入居される人にとって「重みのある項目」からチェツクしていくことになります。例えば、資金に余裕のある方は、サービス内容や食事内容、利便性を考慮していくことになります。

参考:施設ごとの費用と介護度

公的施設を含めて、老齢期の施設を横軸に介護度、縦軸に費用をイメージとして、各施設がどのような位置にあるかを示したものです。

水郷 柳川と大宰府巡り

2022/6/25

「水郷 柳川と大宰府巡り」

—福岡—

社会福祉士 北村弘之  

仕事の縁で、5、6月と福岡県を訪れる機会に恵まれ、これまで行くことができなかった名所を楽しんできました。その紀行記です。

【水郷の地 柳川】

天神駅から特急電車で約50分。福岡県の南部の柳川市には柳川城(跡)の堀を巡る船があり、船から街並みを見る約1時間の船旅に出かけました。船頭には10代の若い人から80歳代の70名ほどがいるようで当日は女性の船頭さんでした。名所案内のほかに地元の唄を披露してもらいながら楽しむことができました。船旅の道中には14か所に橋があり、船がようやく通過できる狭い水路の橋があったり、頭上すれすれの橋があったりと船頭の腕が試される航行でした。大きな堀のほかに、各家の路地先の狭い水路を含めると何とその長さは930kmにも及ぶということを聞いて、生活に根付いた江戸時代の当たり前の原風景が今にありました。街全体は静かな城下町で、堀からみる街並みは昔ながらの風情があり、一層静かさを感じました。また、ここは北原白秋の生誕の地ということでした。

船遊びを楽しんだあと、柳川市に面している有明海まで遠出し、初めて有明海の干潟を見ることができました。丁度、潮が数キロにわたって引いていた時なので、ムツゴロウが飛び交う姿に巡り合うことができました。遠くには雲仙岳が見え、タクシーの運転手は「ムツゴロウにも会え、よい時に来たね」と言われました。市内に戻り、柳川名物の「せいろ蒸しうなぎ」の夕食。何と市内には23軒のうなぎ屋があり、私は1681年から続く本吉屋で庭園を見ながらいただきました。ゆったりとした趣のある柳川の地でした。

一番狭い橋「城西橋」
干上がった有明海
せいろ蒸しうなぎ

【大宰府と九州国立博物館、筥崎宮】

大宰府と言えば、菅原道真を祀る「学問の神様」大宰府天満宮です。しかし、訪問して歴史本を紐解いてみると、そこは7世紀の朝廷の遠地役場であり、唐(中国)や朝鮮半島との貿易や外交の窓口となった場所でした。九州北部には、大陸との交易の遺物や防御跡など各地で見られます。また、左遷の地でもあり、菅原道真をその一人でした。こうして西の都として大宰府の栄華があったようです。

大宰府天満宮を訪れた6月中旬は、平日にも関わらず多くの観光客がお参りに出かけており、菖蒲池では見事な菖蒲が咲き誇っていました。その池のほとりの茶屋で名物「梅ケ枝餅」をほおばりました。皮の食感はパリパリとしたもので、梅茶とともにのんびりとしたひと時を過ごすことができました。

九州国立博物館(九博)は、国内4つ目の国立博物館として2005年にオープンしたもので、大宰府天満宮の近くにあります。所蔵品の多くは、九州と東南アジアのものが中心で、建物は近代的な大きなひとつ屋根の構造でスケールの大きさを感じることができました。常設の文化交流展示室のテーマは「海の道、アジアの路」。我が国がアジアとの出会いの中で育んできた数々の歴史のドラマを、時空を超えて紹介しているものでした。私の最大の印象展示物は、紀元前4世紀前の亡くなった人をそのまま収納した「壺」でした。子ども用のものもあり、福岡県内のある遺跡では数百にのぼる「壺(亡骸)」が発掘されているようです。現代と違い、亡くなった人を偲び、先祖に感謝し、そして自分たちの住まい近くの丁寧に葬っているのです。生きることは逝きることにつながる精神を感じ取りました。

大宰府天満宮内の菖蒲池
中央の円筒壺が棺

【筥崎宮と山笠】

5月に宿泊したホテルの近くに「筥崎宮」があり、早朝に参拝にでかけました。ここは、筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられています。鎌倉中期、蒙古(もうこ)襲来(元寇)のおり、俗に云う神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから、厄除・勝運の神としても有名のようです。驚いたのは、楼門には「敵国降伏」の扁額があったことでした。

筥崎宮の楼門

また約800年続く、博多祇園山笠が3年ぶりに開催されることを現地で知りました。絢爛豪華な博多っ子の勇壮な祭りは、櫛田神社を中心に7月1日~15日に開催されます。一度は見たい夏の風物です。 

以上